これまでのビリオン Past Exhibition




牧村憲一インタビュウ 第10回
ゲスト・三浦憲治

2014年8月27日(水)19:00〜21:00

毎月最後の水曜日に開催してきた「牧村インタビュウ」第10回(1期最終回)のゲストはビリオン運営委員(最若手!)で著名な写真家・三浦憲治でした。
以前も一度予定したのですが、ストーンズのチケットが当たったという理由でキャンセルされたりしました!ようやくの実現でした。

話はもちろん「ロック」と「写真」を行ったり来たり。ふたりとも名前に「憲」の字があるというような、時代の背景なども織り交ぜられました。いかにして三浦憲治は写真家になったのか、なるほどと思うことしきりでした。
特に、私(島本脩二)は70年代半ばからの10年ほどは一緒に仕事をしてきましたから、感慨も深いものがありました。
「そうか!」と頷いた話をふたつ。
(1)三浦といえば魚眼レンズ、です。そのルーツは広島市の海田高校在学中に買ったバーズ「Turn! Turn! Turn! 」のレコードジャケットにあるそうです。そこには魚眼で撮られたバンドメンバーの写真がありました。私も良く覚えています。
三浦憲治は「何だこれは!写真じゃないだろ!」と思ったそうです。多くの女子部員を従えていた写真部部長(今でいうとカリスマ部長!)として、当時の写真界を席巻していた「リアリズム写真」に疑問をもちながらも、まだその影響下にあったようです。土門拳は魚眼を使っていなかったですから、急に路線を変えるわけにもいかなかったのでしょう。この変型した世界は何と魅力的なんだろう、と葛藤したようです。
(2)「ミウラヒロシマ」展の写真はほとんど6×6で撮影されていますが、これもレコードジャケットにはまって以来のことだそうです。あのころ、たくさん面白いジャケットがありましたからね。ピンクフロイドを担当したヒプノシスの仕事をはじめ、視覚伝達の技は新鮮で刺激的でした。

今回、三浦憲治は素面でした。開始前、ワインが欲しそうな素振りもありましたが、牧村さんはじめスタッフは、素知らぬ顔をして始まりました。おかげで、同じことをしゃべる癖は2回しかありませんでした。
2時間の間、笑いは絶えず、時に呆れ、時に感心し、また感動もありました。
■早く軸を定め、まっしぐらに進んで行くと、多くの人が感心する存在になる。
■考えすぎると、考えないのと同じになるから、少し考えたらあとはやってみる。
■反省する暇があったら、目の前にあることをやる。
以上が、三浦憲治の話から得た教訓です。
投影した写真は70〜80年代の外タレだけだったので、もう一回、日本のミュージシャンの写真を見ながら話を聞きたいという声を、あちらこちらで聞きました。実現したいものです!
〈文・島本脩二(ビリオン運営委員)〉